先日、落馬による頚椎の後遺症についての取り組みの記事を書いているときに、これまでにはなかった考えが湧いてきました。
それは、左の肩甲骨を含む背面全体で、頸椎が重大な損傷を受けないように支えていたのではないか、という見立てです。
書きながら出てきたこの考えに、自分でも驚き、そしてそれは本当にそうだったもののように感じられてきました。

「なんで肩が上がるんだろう」
左の背面は、日常でしょっちゅう肩が上がってしまうなあと感じていたところで、気づいた時に肩を下ろすようにしてはいました。しかしなかなかその癖は抜けなかったのです。
前回の記事で気がついたのは、左の背面は首を支えなければ大変なことになる、という過去の出来事の時点にまだいたままだったということ。
そしていまだに、首を支えるという使命を、ことあるごとに発動していたのだと思うと、感慨深い気持ちになりました。
なんという献身ぶりだろう。
頭頂が地面に刺さったあの時、おそらく、私の頚椎はひどく危機的な状況にあったのです。
それを左背面が総出で支えてくれていたのだと思うと、ありがとう、という気持ちがごく自然に湧いてきました。
それまでは、なんで左背面がこんなに上がっちゃってるのだろう、肩をおろしたほうがラクなのに、としか思っていませんでした。
そしてなかなか肩が下ろせない、その頑なさに、手を焼いていたんだと思います。
しかし、私は、この左背面のおかげで頸椎が無事だったことなど、全く思いもしなかったのです。
ただただ、症状をなくしたいと思っていて。
「ありがとう」と思ったら、身体が動いた
左背面の献身に気がついて感謝の気持ちが湧いてきた時、私の中で何かが動き始めました。
気持ちの変化とともに、体の方も動きが出てきました。
左背面の頑なさが消え、左の肩が前ほど上がらなくなってきて、左側の首の痛みがほぼなくなりました。
運転する時後ろを見るのがラクになったこと!
それまでは、結構慎重に首を回していました。
今は右の首の付け根だけの痛みがメインになってきています。

書くことは、スペースを作る
首の後遺症との取り組みは、前回の記事を書いたことで理解が進み、首の硬さには動かせるスペースができてきました。
そして今も取り組みは続いています。
この体験を通じて感じたことは、これは心理的な防衛行動にも同じことが言えるのではないか、ということです。
心理的防衛行動は、あらゆる場面で、ちょいちょい顔を出してくるものだけれど、手放すのは本当に難しいと感じています。
でも、何か理由があってこうなっているんだなあという視点は、膠着状態に風穴を開けてくれました。
この視点は、ちょっと厄介な心理的防衛行動と向き合う時にも、助けになってくれるかもしれない。
そんなふうに、少し勇気が湧いてきました。
書くということは、動きを生み出し、
膠着しているところにスペースを作る。
理解という形でスペースが生まれると、玉ねぎの皮が一枚剥がれるように、何かが少しずつ手放されていく。
そんなことを感じた、前回の記事でした。

